玉泉寺のご紹介

由緒

往昔大友皇子の創立白鳳山洞導寺と称す。其の縁由は白鳳年大友皇子並びに臣下長谷杢之允信次を召し連れられ三尊の佛像を保護し御舟に乗り給い三河国碧海郡に上らせられ本村に流寓し給う。この三尊の一体は同郡本郷村蓮華寺薬師如来(此の寺は元、西大友村にあり、依て現に字蓮華寺と称するあり然るに往昔故あり本郷村に移転すと云う)一体は同村長谷部大日如来なり。壱体は洞導寺の本尊大友阿弥陀如来是なり。右三尊は天智天皇の御作なり。皇子ひそかに沙門に入り堂宇を創設し右の佛を崇敬し給うと伝風せり。後に天台宗となる。明応年中、釋定了真宗の教法に帰依し本山第八世蓮如法主より弥陀の絵像を頂き玉専坊と唱う。明和八年辛卯十二月十一日祝融の災皆罹り宇堂記録等悉皆焼失せり。此の火炎の中より仏像を半ば灰燼に帰す。当時佛師に命じ再箔す。現に其の灰の一筐を存在せり。後玉泉坊と名ずく。直嘉永年中坊号を改め玉泉寺と称す。

住職からご挨拶 神谷栄樹

今、寺の存在意義が問われています。昔の寺は寺子屋(現在の学校)や過去帳管理(現在の役所)、寄合の場(町内の会議)、仏法を学ぶ場(自己を学ぶ場所)、託児所(農繁期など子供を預かっていた)など、様々な役割を持っていました。地域社会にとって、なくてはならない場所でした。 昔は寺の存在意義がはっきりとしていたといえるでしょう。 現在ではほとんどの機能は他に移行してしまい、若い人に寺ってどんなところ?と尋ねると「お坊さんがいるところ」と答える始末です。若い世代にすればあたりまえの答えでしょう。 寺の存在意義が薄れた今、寺はもはや必要ないのでしょうか。 
 私はむしろ今こそ寺が本来の役割を担うべき時代であると思います。そもそも真宗の寺院とは、親鸞聖人の教えを通して自己を学び、感謝を持って人生を生ききる人間になっていく場(道場)であります。
  現代の日本は物質的にはとても豊かですが、自殺者や心の病に悩む人は増える一方です。家族や地域の絆が弱まる中、思わぬ災害や災難に出会いひとり孤立感を深めることもあるでしょう。人として生きにくい時代であると言えます。今こそ真宗寺院として原点回帰し、生きにくい時代を共に悩み相談し合っていく玉泉寺でありたいと考えています。

これからの寺のありかた

玉泉寺は地域の皆様のニーズにお応えしていくお寺として、本堂・書院の法要スペース、永代供養塔・納骨堂といった境内施設と駐車場の整備を進めて参りました。寺離れという風潮もありますが、皆様が安心して仏事をお勤めできるように、寄付金や離檀料など、強制的な檀家つきあいを廃止するなど、様々な改革に取り組んでいます。
毎月7日の法話会は、どなたでも参加できます。様々な講師のお話をご聴聞下さい。また「おとなの寺小屋」では、大正琴や編み物教室など地域の皆様の生涯学習に取り組んでいます。